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久々に

どうもー、2日ほど前から体調が悪く、昨日病院にいったら嘔吐下痢症と診断され寝込んでいました雨です(´・ω・`)

昨日は一日断食でしたが今朝はおかゆが食べられるまでに回復しました!

これで少しは痩せられるかも(*´∀`*)(ぇ

今回も記事らしい記事ではありませんでしたが、体調が優れないので今回はこのへんで・゜・(ノД`)・゜・

あ、言い忘れていました!みなさまのおかげでカウンターがもう100を突破いたしました!ヽ(*´∀`)ノワーイ

こんな駄ブログを毎回見ていただき感謝です(>人<;)

これからも更新出来る時に更新を頑張っていきますので、よろしければお付き合いください<(_ _)> 

@リンクは自由です!(`・ω・´)←

ではまたー(ヾ(´・ω・`)追記でコメ返です



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ねくそんくぉりてぃ(沙*・ω・)

やっはろー( ´ ▽ ` )ノ雨です。

4回にわたってお送りしたきっかけバス活動記どうでしたでしょうか?みなさんのお役にたてて頂ければ幸いです。

そして、春休みが明けてからの活動もまとまり次第ここで報告させてもらおうと思います(`・ω・´)



さて、ひさびさにメイポのことでも書きましょうか(*≧m≦*)

今日は臨時メンテですねーもうすぐメンテ開始から12時間が経過しようとしていますw

昨日のアップデートと緊急メンテは一体なんだったんでしょうか(笑)

きちんとやるなら昨日1日まるまる使ってでもちゃんとしたアプデを当てればいいのにといつも思っています(´・ω・`)

まあタイトルにもありますとおり、ねくそんくぉりてぃは昔ながらですが、最近ひどくなってきていると思うのは私だけでしょうか・・・(((゜Д゜;)))

とまあ愚痴のような記事とちょっとした報告の回でしたあ、ではまた(ヾ(´・ω・`)

きっかけバス活動記4

どうもー雨です(゚Д゚)ノ

今日はとても暖かくて気持ちの良い日でした。

今回はこれまでの通じての総括と番外編をお届けします。



 私がこの活動を通じて一番感じたことは、自身の東北や災害についてあまりにも「無知」であったことでした。それは、自身が体験したことやお聞きした話が氷山の一角に過ぎないからです。
 この活動を終えて、これをご覧いただいているみなさんにも、自分の体験を共有していただいた上で、東北で起きたことを忘れないで、もっと防災について考えていただければそれが私の一番の幸福です。いざというとき、自身の大切なものを守るために、是非考えてみてください。とても長く、稚拙な文章にお付き合いいただいた方々誠にありがとうございました。

 さて、まじめなお話はここまでにして、ここからはみなさんもここに行ってみたい!と思えるようなグルメや景色をすこしではありますが紹介していきたいと思います!

活動1日目の夕食で訪れた復興屋台村では、新鮮な魚介を生かした海鮮丼を頂きました。活きはもちろん、厚さ5cm以上はある肉厚のお刺身がこれでもかというほど丼にのっていて、男の私でもその丼だけでお腹いっぱいになるほどとてもボリューミーでした( ̄◇ ̄;)
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付け合せで出てきたあら汁は、野菜の芯まで味が染み込んでいて、思わずご飯をおかわりしてしまいました( ̄▽ ̄;)
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活動1日目陸前高田で撮影したとある山
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今ではレプリカ化されている一本松
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 活動2日目の朝にホテルから撮影した景色です!とても綺麗な朝焼けでした(*´∀`*)
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 活動2日目の昼食は南三陸町のさんさん商店街のお店では、キラキラ丼を食べてみました。
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2日続けて海鮮丼ではありましたが、いくらの量の多さに驚きまた、何日続けても食べられるくらいとても美味しかったです・・・みなさんも一度は食べてみて欲しい!><;
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まだまだ伝えきれてはいないのですがこれで活動記とさせていただきます!ではまた(´ー`)/~~

きっかけバス活動記3

こんばんわ、雨です(´-ω-`)

 昨日の朝方愛媛県の方で地震がありましたね、自分も近くも遠からずの場所に住んでいるので、少しはゆれたのですが、みなさんは大丈夫だったでしょうか?こういった時にも冷静で迅速な対応ができるように、日頃から有事の時に対して考えておきましょう。

 さて、本日は活動記3になります。


 活動日1日目の夜に同じ宿に宿泊していたきっかけバス京都・徳島のメンバーとともに、3府県合同ミーティングを行いました。そこで府県ごとに2名づつのグループにわかれ6人1グループを再編成し、復興とは何か?自分の中で一番大切にしているものは何か?という2つの点について、皆で話し合い、それを全体に共有するというものでした。やはり、約120人
それぞれの考えや思いがあり、自分だけでは考えつかないようなものもあったので、とても有意義な時間を過ごせたと感じました。

 活動日2日目は朝から、昨日に宿泊したホテルで語り部をされている釘子さんのお話をお聞きする機会がありました。
 その地震は車がバウンドするほどの強い揺れを引き起こし、海上では約80km/h、地上に上がっても40-50km/hの速さと10tトラックが衝突するくらいの強さを伴った津波には高いところで20m近くに達し、浸水地域でなかった場所の犠牲者が多いことを最初に話されていました。
 それから釘子さんと数人のメンバーが中心となって運営していた避難所について触れられていました。
 避難所で大切なこととして、いくつかのものを挙げられていましたが、一番起こしてはいけないことは、人々のパニック行動でした。尋常ではない災害時、普通の人がおかしくなることはありえ、他の場所では治安が悪化するケースもあったそうです。
 特に災害発生から1週間以内はパニック行動が起こりやすいので、そうならないように安心感を継続できるような避難所作りをすることが大切だと話されていました。
 また日頃から、自分の身の回りにある避難所を確認し、そこが本当に安全なのかどうかということ、そこに備蓄がどれくらいあるのかを調べてみるなど、私たちが日頃からできることを教えて頂きました。また、甘いものがあることで、かなり人々の安らぎ具合が違ってくるそうで、避難キットの中にドロップの缶をいれておくことを進められていました。
 釘子さんは話の終盤で私たちに対して「あなたたちは災害に遭わないと思っているでしょう?」と問いかけてきました。わたしは後ろ頭を思いきり殴られたような気分で、これまでの自分の防災意識への甘さをいやというほど痛感しその時は気持ちの整理がつきませんでした。そうした問いかけも私たち一人一人が日頃から防災に対して考えておけば、自分だけでなく自分にとって大切な人も守ることができると伝えられているように後になって思えました。

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↑見送りにきてくれた活動日1日目のホテルの従業員の方々

 そのお話の後、私たち島根のメンバーは、リアス・アーク美術館という被災物を展示している場所へ訪れました。そこには震災について考えるために「キーワード」を設定し、パネルで展示していました。また、被災物の横にはそれに関する話が添えられていました。その中から私が特に印象に残ったものを紹介したいと思います。
 この美術館に展示されている被災物の中で最も記憶に焼きついているのは土にまみれたピンクのデジタルカメラでした。その横にはその持ち主の母親であるだろう人が、娘が海の様子を見にいってくるといって、デジカメを持ち出して出かけたまま帰ってこず、探しにいこうとすると、周りの人から止められ、後日そのカメラだけが帰ってきたと綴っていました。そのことを思い出して悲しむこともあったかもしれないのに、こうしてそういったエピソードを綴ったのは、災害時に興味本位で動いてはいけないことを私たちに強く伝えようとしているように私には思えました。
 またパネル展示で私が印象に残ったものをいくつか紹介しようと思います。

家・・・墓:津波によって中のお骨ごと流されてしまったお墓を目の前にし、現地入りした記者の方が「これはいくらなんでもひどいじゃないか」と口にしました。

歴史・・・未曾有:今までになかったという意味で「未曾有」という言葉がある。しかし、昔からこの地域における津波の被害は歴史的資料にも残されている。「未曾有」ではなく、過去最大という方が正しいだろう。

この他にも私たちが教訓にすべき言葉はたくさんありましたが、私がこれらの中で最も印象にのこったものは次のものでした。

自然現象・・・津波:
「津波はあくまで自然現象であり、その被害の大小は人々の日々の生活の在り方によって変わる」

この言葉を目の前にしたとき、その日の朝に釘子さんから聞いた話を思いだし、また自身への防災意識への甘さを痛感することとなり、一人一人がもっと防災について考えるべきだと感じました。

これらの言葉がみなさんに響くことがあれば幸いです。

 その後お昼を南三陸さんさん商店街で頂いた後に、震災当時は消防士をされていた語り部の佐藤さんの案内の元、海抜18mの高さにある戸倉中学校を訪れました。そこでは、当時のままの姿を残すものが多くありました。津波が最大到達点に達した時、体育館と校舎の間から回り込んできて18mの高さにあったこの中学校の1階部分までつかってしまったそうです。したから車で上がってきてていた人々や、避難誘導をしていた教師の方と避難していた生徒1名が津波にさらわれてしまいました。また、その日の18時頃に津波に飲まれながらも奇跡的に生還された佐藤さんの同僚の方が見つかり、震災の3日ほど前に救命訓練をしていた戸倉中学校の生徒たちの頑張りの甲斐あって、その同僚の方は一命を取り留め、その方から、当時の防災庁舎の様子について話を聞くことができたそうです。
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あの日の時刻まま止まった時計

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戸倉中校舎

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校舎から体育館へのわたり廊下、ここから津波が上がってきた

 防災庁舎に訪れたとき、そこにはたくさんの献花や千羽鶴などが備えられていました。そこでは、職員など約50名が当時職務にあたっていましたが、助かったのは8名だけでした。全てが一瞬の内に流され、助かった方は海水を飲みながらも変形した階段の手すりにつかまっていたそうです。またこの防災庁舎を取り壊すかどうかについて、町の中だけではなく、一家庭内の中でも残すべきだという意見と今すぐにでも取り壊してもらいたいという意見で対立しており、複雑な問題として浮上してきています。

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 活動最終日、福島の除染プラザへ移動し、そこで放射線の正しい知識というものを学びました。まったくもって鵜呑みにしたわけではありませんが、部分的には放射線に対する考え方を考えていかなければならないと思いました。

以上が今回のボランティア活動の大まかな内容とそこで私が感じたこと、考えたことです。この記事をご覧頂いた方で、防災について考えてみよう、この情報を広げようと思っていただければ幸いです。

次回は番外編をお送りします。ではまた。

きっかけバス活動記2

こんにちわ!雨です(*´∀`*)

前回は活動記1ということで、すでに何人かの方が見てくれているようです~ありがとうございますm(_ _)m

2回目の今夜は 現地編 前編 です!


 現地にいくまでの募金活動や広報活動を行っていく中で、こんなにも心温まるものがあるんだということを実感し、その思いに応えようと、活動でより積極的に取り組むようになっていきました。
 また、出発の1週間前から既に出発していた、岐阜県をはじめとする他の県のバスの活動報告を見るたびに、自分たちもしっかりやってくるんだというやる気にみなぎっていくのを感じました。

 そして出発式当日、最初の目標であった40人のメンバーが集まり、一人一人が各々の思いや決意を発表していきました。私は、自分の中で変化をもたらせるようにすることを目標として掲げた他、メンバーの一人が以前にも東北を訪れたとき、現地の人とどう接していいかわからず落ち込んでいると、現地の方から「笑って」と言われたエピソードを語っていました。
 私はその話を聞き、「現地では明るい笑顔」を忘れないことをもう一つの目標として掲げました。

 そして、1日目の岩手県陸前高田市の地に足を踏み入れた時、そこには更地が広がる荒野のイメージさせるような殺伐とした風景が広がっていて、「思ったよりも更地が多いな」と思い、近くに目をやれば建物の土台部分だけが残っている場所が多く、津波の破壊力を物語っていました。
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 最初に元は陸前高田駅のロータリーがあった場所から、津波の到達点がわかる建物がある場所まで、駅前と住宅地が広がっていた場所を歩いていきました。

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 家の土台部分や、食器などの生活用品が生々しく残っていて、あの時からそこだけ時間が止まっている印象を受けました。
 歩いていてふと目をやると、ある住宅跡地の前にあった枯れかけた献花に目がとまり、震災から3年が経とうとしている今、被災しなかった人々の記憶もこうなっているのだろうかと重ねてみる自分がいました。

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 建物に着いた時、最初はその建物の屋上にまで到達したのかと思っていました。しかし、実際には屋上にはゆうに到達し、屋上から経つ看板の最上部近くまで達していることを聞き、あまりの高さに全く実感が湧いてこなかったのことを覚えています。
 
 その後海と沼がつながってしまった場所で行方不明者の痕跡を探す、詮索作業を行いました。昼休憩を挟み、約80人ほどで半日ほどかけて作業を行いましたが、出てきたものは、割れたおわんと看板のみでした。自身も何か痕跡が見つかればいいと願いながら作業をしましたが、ついに何もでてくることはありませんでした。

ボランティア1

 また作業の間に、現地の方から震災前までそこにあった場所の写真を見せて頂き、話を伺う機会があり、あまりに違いすぎる過去と現在に戸惑いを隠せませんでした。

ボランティア2


 作業終了後、現地のボランティアの団体の方からお話があり、そこから被災者の気持ちをわかったふりをしないこと、どれだけ頑張っても震災はなくならないこと、自分の命を守った上で、どれだけ人を助けられるかということの話をされるとともに、津波で家を流された低地の住民と流されなかった高台の住民の間に心の壁ができていて、ひどいところだと、お互いに顔も見合わせたくない状態であり、イベントなどを行う中で、なんとか心の壁を払拭することはできないか努力しているが、その壁が根深いことなど、現地に行かなければわからない貴重なお話を聞かせていただくとともに、自分がこれまで一度も鑑みることができなかった、被災者の目線にたつことを痛感させられたような気がしました。
 
ボランティア3


 ここまでが出発するまでと初日の行動及び自身が見聞きして感じたことなどをおおよそ綴りました。

 次回は、2日目の活動を中心に今回のような形式をとっていこうと思います。

 ではまた。
 

きっかけバス活動記1

こんにちわ!雨です( ̄Д ̄)ノ

 昨日で東日本大震災から3年が経ちました、あれもうそんなに経つのかと思う方も多いと思います。
私は出発前にここで帰ってきてからボランティアのことなどを書くと宣言していたこともあり、とある友人からはやくかけyoと催促されて今この記事を書いております(n‘∀‘)η

 さて、本題に入ります(´∀`*)

 昨日が3.11ということで昨日から取り組んだほうがいいとは思ったのですが、諸事情により今日から綴っていきたいと思います。大変長文になるとは思いますが、公式ページも書けなかったものまで全て記そうと思いますので、最後までお付き合いください。

 1回目の今日はこのボランティアに参加する契機となった「きっかけ編」です。


 震災発生当時、私は自宅にいてネットをみていました、そこで東日本大震災のことを知り、慌ててテレビをつけました。ほぼ地震発生直後からテレビ中継を見ていたので、規制される前のものも目撃してしまい、本当にこれはリアルタイムで起こっていることなのだろうかと頭の中で整理がつきませんでした。

 また、親しい友達が宮城に住んでいることもあり、心配になって無事かどうかのメールを送りましたが、もちろんメールは災害直後でパンクしていたので、その日にメールが帰ってくることはありませんでした。その間にも生中継を目の当たりにし、友達はきっと大丈夫だろうと思う一方、心配が拭いきれずにいました。

 震災から5日が過ぎた日、私は学校で友達から無事のメールを目にして泣きそうなほど安堵しました。
 そこから私にも何かできることはないか、何か東北のためにしたいと思い考えましたが、当時高校生の私には時間もなく、もし被災地にいけたとしても何をすればいいのかわからず、募金しようとするお金は元をたどれば親のお金であり、自分にできることは何もないのかと、その時の私は無力感に打ちひしがれていました。

 その後、部活や受験に追われ時間が流れていくとともに、私の頭の中から東北のことが完全に消えることはありませんでしたが、それでも確実に薄れていっていました。
 大学に入ってからも東北のことは気になるものの、サークル活動や大学祭の役員をするなどそれなりに忙しい毎日を送っていた私はより頭の中の東北を薄めていってしまいました。
そこには、東北の友達に対しても、どう接すればいいのかとか、どう声をかけてあげればいいのかがわからなかったというのも一因かもしれません。

 そうした中で大学2年の後期に大学の講義でゲストとして招かれていた、*[きっかけバス47]という学生ボランティアの中心メンバーとして動かれている早稲田大学の学生さんのお話を聞き、本当は東北から目を背けていたのではないか、今しか東北に対してアクションを起こせるなら、今しかないのではないか、そういった葛藤が自分の中で渦巻いていました。
 そして、数日悩んだ末、今でも遅くないとすれば、東北のために何かしたいその気持ちが私の中で強くなっていき、この活動へ参加することを決意しました。

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 *[きっかけバス47]は、47都道府県の学生たちが東北三県にバスで行くプロジェクトです。

 東日本大震災から丸3年が経とうとする今、東北の人たちは「風化」と「風評」に苦しんでいます。その流れをなんとか止めたい。もう一度、日本中に復興の「旋風」を巻き起こしたい。そう考えた学生たちが中心に動いています。
 わたしたち学生は、東北での実体験を通して東北の今を感じ、震災の教訓を学び、自分のコトバで家族や友人、大切な人、それぞれの故郷・地域の人たちに伝え続けてゆくつもりです。そして、日本中が助けあって東北の復興に関わり、311の教訓を地域の防災に活かす“きっかけ”をつくります。

(助けあいジャパンより抜粋)


 かなり長く、文字ばかりになってしまいましたが、ここまでがきっかけ編です。
 次回は募金活動から~現地1日目までの内容をお届けする予定です。ではまた。

ちょっと宣伝

おはようございます!雨です( ̄Д ̄)ノ

前回の投稿以来何かとバタバタしていて、今回はちょこっと宣伝したいと思います!

明日3/9の16:00からNHK系列Eテレの「東北発☆未来塾」という番組で、私が2月にいってきたボランティアの活動に関して取り上げられるらしく、東日本大震災の風化防止が目的になっていますので、時間が方は是非ご覧になってください(*≧m≦*)
東北発☆未来塾 生放送スペシャル

それとよくみると生放送スペシャルだったので、自分は映ることはないかもしれません!お友達の方なんかごめんね!Σ(ノ≧ڡ≦)てへぺろ☆
プロフィール

雨

Author:雨
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